前の59章で、主に背き咎多いご自分の民に向けて、神はご自分の御手、ご自分の義で救おうとされていました。続く60章です。
この章では「あなた」とたくさんの呼びかけがあります。数えてみると・・・・20ありました。全て二人称単数女性代名詞です。この「あなた」は誰のことを言っているのでしょうか。
10節に「異国の民もあなたの城壁を築き直し」、11節に「あなたの門はいつも開かれ」、14節に「あなたを『主の都、イスラエルの聖なる方のシオン』と呼ぶ。」とあることから、エルサレム、シオンのことだと考えられます。
そうすると、60章の流れは、1-3節には「起きよ」とありますから、シオンが再建されること、4-18節には「彼らはみな集まって、あなたのもとに来る。」「国々の財宝もあなたのもとに来る」とありますから、再建されたシオンに人と富が集まってくることが書かれ、10,14,15節には「わたしは激しく怒って、あなたを打った」とありますから、かつてシオンが主に打たれたことが書かれ、19-22節には「あなたの国には暴虐はもう聞かれず、あなたの領土には暴行と破滅は聞かれない。」とありますから、シオンに神の栄光が現われることが語られています。「あなた」をシオン、エルサレムとして矛盾はありません。
でも違和感が残ります。
59章で主に背く咎多い民を、神はご自分の御手、ご自分の義で救おうとされています。ご自分の御手とはイエス様のことです。60章をとばして、61章1節では「神である主の霊がわたしの上にある。貧しい人に良い知らせを伝えるため、心の傷ついた者を癒やすため、・・」と書かれています。これはイエス様がヨハネの洗礼を受け、サタンの試みに会った後ナザレの会堂で読まれたみことばで、その時「今、このことばが成就した」とイエス様は言われました、つまりご自分の福音が始まったことを宣言されたところです。イエス・キリストを語る二つの章の間に突然シオンの再建の話を差し込むのは不自然に感じるのです。
60章の「あなた」とは、シオンに置き換えてイエス・キリストのことを言っているとするとつじつまが合います。59~61章まで神の御手、キリストの働きという大きな話になってきます。
そして、60章の流れはこう変わります。1-3節でイエス・キリストのよみがえり、4-18節でキリストに捧げられる富と集まる人々、10,14,15節でイエス様が主によって打たれたこと、十字架の苦難です。19-22節で新天新地が来ること、神の小羊が都の光となられる黙示録21章に重なって来るのです。
その視点で60章1節を読み直してみましょう。
「起きよ。輝け。まことに、あなたの光が来る。主の栄光があなたの上に輝く。」
私は今までこのみことばから、エルサレムが神に再建されて立つことや、キリストに救われた人々が立ち上がることをイメージしていました。このことばを、神がイエス様に語ったものと見直した時、イメージは大きく変わります。
暗い墓の中、布に巻かれたイエス様のなきがらに神のことばが届きます。「起きよ。輝け。」イエス様にいのちが入って目を覚まし、起き上がったのです。あなたの光、イエス様の元に来た光は、本来イエス様が持っておられた人の光、永遠のいのちです。よみがえりのいのちを受けた時、神の栄光がイエス様の上にとこしえに輝いたのでした。このことによって、暗黒の中にいた民も、国の王たちもキリストの光の内を歩むようになるのです。
「起きよ。輝け。まことに、あなたの光が来る。主の栄光があなたの上に輝く。」
神がイエス様を通してこの世界に、いのちを与え、光を輝かせておられるのです。
(小室 真)