40-48章は、バビロンの奴隷となっているイスラエルの民と多くの民がクロス王によって救い出されるという救いの預言です。43、44章ではイスラエルの民にその救いを伝え、45、46章では、キリストが全ての者の救いであることを明かしていました。47章では、クロス王によって侵略されるバビロンに向けて語ります。
1-4節 :バビロンへの災い
5-7節 :その災いの原因
8-11節 :その災いが突然来る
12-15節:今まで頼った物の中に救える者はいない
難攻不落を誇っていたバビロンはペルシヤのクロス王によって突如、攻め落とされます。バビロンはバビロニアの首都、カルデヤはバビロニアがある地域を示しています。バビロンは世界を支配して力を誇っていました。バビロンの支配者は多くの奴隷を使い、自分は労働とは無縁な生活をしていました。しかし、ペルシヤに征服されると立場は一転します。ひき臼を取って粉をひくような労働をさせられるようになり、また、着の身着のまま、裾をまくってすねを出し、支配者に引き回されていくようになるのです。
バビロンに災いが来るのには、原因があります。
一つ目は、イスラエルの神に手渡された神の民を憐れむことなく、汚し、ひどい労働を強いることです。神は自分の民をバビロンに手渡しますが、それでも「わたしの民」、「わたしのゆずりの民」と呼ぶのです。どのような状態になっても自分の民を変わらず愛されることが分かります。この苦難を通して、民がへりくだって、神との関係がより深くなることが期待されるのです。
原因の二つ目はバビロンが支配者としての力を自分の力と考え傲慢になることです。ヤコブの手紙4章6節では、「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」とあるように神は傲慢な者を退けようとするお方です。バビロンはイスラエルの神を知りながら傲慢なのです。バビロンに囚われたダニエルが王の夢を解き明かし、燃える炉に投げ込まれても焼けることなく、ライオンの穴に落とされても襲われることがありませんでした。全てイスラエルの神がなさったことでした。バビロンはこれを見るのです。
ペルシヤに征服されるという、バビロンの災いは、突然やってきます。バビロンでは国が亡びることなどかけらも思いもしません。8節の「子を失う」とは、国土と住民を失うこと。「やもめになる」とは、王を失うことです。
紀元前400年頃の古代ギリシアの軍人で著述家クセノポンという人がいました。この人の「キュロスの教育」という本にこの時のことが記録されています。紀元前539年ペルシヤのキュロス王は、バビロン中が祭りで大騒ぎをしている間に、城内を流れるユーフラテス川の流れを変えて川の水位を下げ、川床を通って城壁を通り抜け、宮殿に入りました。キュロスは一夜のうちに、王を殺害して都を攻め取り、バビロンを征服したのです。バビロンの人々は、この突然の侵攻を予想もしていませんでした。この出来事は、ダニエル書5章に書かれています。
12-15節で、バビロンがそれまで頼りとしてきた、呪文、呪術、星占いが、この災いから助けてくれることはないと改めて教えます。イスラエルの民を贖う方、万軍の主、イスラエルの聖なる方以外に、救いを与えてくれる方はいないのです。そのことは、バビロンが始まってから、滅びる時までダニエルの多くの奇跡を通してバビロンに知らされてきていたのです。
(小室 真)