32章から、最終的な神の救いが預言されています。34章は「神による最終審判」、続く35章が「神による回復」。2つ合わせて一対になっています。今日は前半の「神による最終の審判」34章について見ていきます。
34章を3つに分けて考えます。
1-4節 世界への呼びかけ
「国々よ、近づいて聞け。諸国の民よ、耳を傾けよ。地とそこに満ちているものよ、聞け。
世界とそこから生え出たすべてのものよ。」
全世界に向けて、全てのものに向けて「聞け」と命じていますが、何に耳を傾けろと言っているのでしょうか。
それは、神のことば、2-4節にあるように、この世界に終わりがあるということです。
日本は、世界は輪廻転生、春夏秋冬そして春が来るように、ぐるぐる回って終わりがないという時間の感覚を持っている国です。ギリシャ世界も同じで、世界は同じことを繰り返し、繰り返し、終わりがないと考えているそうです。でも神は、始めがあって終わりがあり、そこに神が働かれるのだ。それを知りなさいと言っているのです。
終わりの時は患難時代といわれます。罪にあふれた世界を神が裁かれるのです。「殺された者は投げ捨てられ、その死体は悪臭を放ち、山々はその血によって溶ける。」多くの者が殺されるという預言です。
主イエスが再臨されて、新しいエルサレムが現れる前に、神は敵対する国と民を滅ぼし、天も地も命が枯れ果てます。次にその姿を詳しく示します。
5-15節 エドムへの裁き
エドムはヤコブの兄エサウから出た氏族のことですが、エドムはエルサレムを何度も攻撃し略奪していました。イザヤと同じ時代の預言者アモスは預言します。「【主】はこう言われる。「エドムの三つの背き、四つの背きのゆえに、わたしは彼らを顧みない。彼らが剣で自分の兄弟を追い、あわれみを断ち、いつまでも怒り、どこまでも激しい怒りを保ち続けたからだ。」(アモツ1:11)エドムはヤコブの子孫を憎み続け、しかも執念深く冷酷だったのです。イエスを殺そうとしたヘロデ王もそのエドムの子孫でした。エドムはイスラエルに敵対する者を象徴する名前なのです。さらに、エドムの地は獣たちの巣窟となって、いつまでも人が住めなくなることが預言されています。
16-17節 主のことばの確かさ
立ち返る者を神は祝福し、反抗する者に神は厳しく当たられます。それは、エドムにするように厳しいものです。
事実かどうかを疑う者に対して、真理を探し求めるように、聖書を端から端まで読むようにと神は促します。16節「これらのもののうち、どれも失われていない。それぞれ自分の伴侶を欠くものはない。」と言われます。神の「預言」には必ず「成就」が伴います。それはあたかも夫婦のように共にあって、伴侶を欠くことはないのです。預言は神の口を通して語られ、聖霊がそのことばを形にするからです。ヒゼキヤ王の時代にエルサレムがアッシリヤに滅ぼされる寸前のところで神に助けられるという預言が1章から34章まで語られてきました。ついにその預言が成就するのです。その成就した歴史が36章以降に記録されます。この世に必ず終わりの時が来るという預言にも、必ず成就が伴います。
奴隷生活をしていたエジプトから、カナンの地まで導き出されたイスラエルの民は、部族ごとに測り縄で測った地を永遠の土地として、くじ引きで与えられました。その地に主は、イスラエルの民を住まわせてくれるのです。同じように、終わりの時、主イエスが再臨されて、新しいエルサレムが現れる時、主の民にも同じようにそれぞれの住まいが与えられることが約束されています。霊のからだを得てよみがえった私たちに住まいが約束されているのです。
(小室 真)
