祭司エリとその息子たちは神に逆らい、罪を犯していました。エリと息子達を処罰することを神様はエリに示していました。第四章でその神様の言葉が現実のものとなります。神の栄光について学びます。
<神様からの言葉>
2章で、神様の裁きの具体的な言葉は神の使いを通して、エリに伝えられていました。まとめると、
① ふたりの息子、ホフニとピネハスは、ふたりとも一日のうちに死ぬ。
② あなたの家には、いつまでも、年寄りがいなくなる。
③ あなたの家の多くの者は長生きできず、貧しくなる。
④ わたしの住む所で敵を見る。
⑤ 但し一人の人を神の宮に仕えるように立てる。
<起こった事>
紀元前1300年頃イスラエル人がカナンに入って来たのと同じ時期にクレテ島に居たペリシテ人がカナンの海岸地方に入り、イスラエル人と争っていました。ペリシテ人は鉄器を扱い武具も発達し平地での戦いに長けていたと言います。
この争いの一つとして、エベン・エゼルで戦いがありました。シロと地中海海岸との間の場所です。
初回、イスラエルは4000人がペリシテ人に打たれ敗戦。次に神の契約の箱を持ち込んで戦ったにも拘らず負けてしまいます。そこでは神が起こした疫病によって30000人が倒れました。
その戦いで「イスラエルはペリシテ人の前から逃げ、民のうちに打たれた者が多く出ました。それにあなたのふたりの子息、ホフニとピネハスも死に、神の箱は奪われました。」
とエリに戦況が伝えられました。
神の箱が奪われたと聞いて、気を失い、エリは高い所から仰向けに落ち死にました。
更にその話を聞いた次男の嫁も、神の箱が奪われたことに衝撃を早産となり、その子にイ・カボデ「」という名前を付けたのです。
<神の箱>
モーセの杖と金のツボに入ったマナ、神の契約が書かれた石板が入った箱で、箱の上には2体のケルビム、それを二本の棒で支えて移動する、日本のお御輿のような形をしていました。
かつてヨシュアがエリコを攻めた時この箱を持ってエリコの城壁の周りを歩き、7日目に大声を上げたとたんに城壁が崩れてしまったというあの箱です。
民たちは、戦に勝つための万能兵器のように考えてこの箱を持ち出しました。
ホフニとピネハスが同行したのは、箱の持ち出しに両名が加担していたことが想定されます。一方、戦いの状況を、神の箱を心配して待っていたエリもピネハスの嫁も持ち出しには批判的な立場にいたのでしょう。
でも、神の箱は敵に奪われ、エリもピネハスの嫁も、「栄光がイスラエルから去った」と感じ、失望し、命を失ってしまいました。
<神の箱は奪われたのか>
神の箱はペリシテ人に奪われました。確かに戦場からペリシテ人が持って帰りましたが、これも神の人を通して預言されていました。「あなたはわたしの住む所で敵を見るようになろう。」イスラエルを打たれたのは神でした。神の箱がペリシテに移ったのは神のご意思でした。神様のなさったことの中に私達は何を見るのでしょう。
<神の栄光>
神の栄光とは何でしょう。私達がよく使いますが意味を理解して使っていないかもしれません。
神の本質と属性の輝きのことと言われています。具体的には
愛,恵み,まこと,知恵,力,義,聖さです。
しかも神は時間と空間を越えた存在ですから、
無限である栄光つまり無限の愛,恵み,まこと,知恵,力,義,聖さです。
これをお持ちの方は神様であり、キリストであり、聖霊様だけです。
<イスラエルに残されたもの>
旧約聖書の時代の中でも、主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった時でしたが、サムエルには神からの言葉があり、幻も与えられていました。それを民は知りましたが、相変わらず、形式的でマンネリ化したシロでの儀式の生活をしていました。
でも神は、イスラエルに神のことばを預かる預言者をお立てになりそのことばはイスラエルにいきわたっていたのです。
神の契約の箱、儀式を守るためのシロの祭壇もうばわれましたが、生きた神のことばを神はイスラエルに残しているのです。
<私たちの生活>
この出来事は、私達クリスチャンの生活と無関係ではありません。私達の身の回りに悪いことが起こることは多々あります。病気になったり、けがをしたり、事故にあったり、トラブルに巻き込まれたり。それを持って、私達の上の神の栄光が去ったと思い込むことがあるかもしれません。なぜ私が・・。
神はどんな時も、生ける神のことばが私達の上に輝くようにされています。その言葉が私達の内に行きわたっている事こそが神の栄光なのです。見方を変えてみてください。
どのような状況にも関わらず、神の本質と属性の輝き、愛,恵み,まこと,知恵,力,義,聖さは私達の上にあるのです。
